昨年以来、欧州に続々と到着する難民たち。その多くは中東の戦火を逃れてきた。自国の文化を揺るがす事態に直面した人々は、どんな反応を見せるのか。

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欧州の新しい顔

昨年以来、欧州に続々と到着する難民たち。その多くは中東の戦火を逃れてきた。自国の文化を揺るがす事態に直面した人々は、どんな反応を見せるのか。

文=ロバート・クンジグ/写真=ロビン・ハモンド

「EU(欧州連合)は今、非常に脆弱な状態にあります」。2016年4月にそう語ったのは、ドイツの欧州担当国務大臣ミヒャエル・ロートだ。難民が急増するなか、ドイツは率先して寛大な受け入れ策をとったが、ほかの国々が後に続くことはなく、EUの結束は大きく揺らいだ。

 英国がEU離脱を選び、ほかの国々でも移民排斥感情が高まるなかで、ドイツの選択はますます重みをもつ。ドイツ人は過去の歴史を乗り越えて、難民を温かく迎えられるだろうか。

ドイツの住民の8人に1人は外国生まれ

 戦後、ドイツはおよそ5000万人の移民を受け入れてきた。今ではドイツの住民の8人に1人は外国生まれだ。それでも2015年6月1日、メルケル首相がドイツは移民の国であると公の場で発言すると、有力紙フランクフルター・アルゲマイネは「歴史的」な声明だと報じた。メルケル率いる与党・キリスト教民主同盟(CDU)は何十年もこの表現を避けてきたからだ。

 初期の移民は、外国にいたドイツ系の人々だった。その数およそ1200万人。戦後、東欧を追われた彼らは、焦土と化した父祖の地に戻った。ドイツ系であっても、新参者は戦後の貧しいドイツでしばしば冷遇された。

 トルコ人はさらに冷たくあしらわれた。1950~60年代に旧西ドイツの経済は急成長し、労働力が必要になった。当初はイタリア、次いでギリシャとスペインから労働者を呼び寄せたが、トルコからの流入はそれを上回った。たいていは男性が単身で来て、簡易宿舎や寮に寝泊まりし、工場や建設現場で働いた。彼らはガストアルバイター(出稼ぎ労働者)と呼ばれ、1、2年で入れ替わると考えられていた。しかし、現実は違った。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2016年10月号でどうぞ。

編集者から

 最近、鶴崎燃さんという写真家による写真集『海を渡って』に感銘を受けました。中国残留邦人、在日ミャンマー難民、日系ブラジル移民の生活を10年間かけて追った大変な力作です。
 欧州の難民問題を日本人が身近に感じるのはなかなか難しいと思いますが、『海を渡って』で描かれているように、日本も難民や移民と決して無縁の国ではありません。人口減少や労働力不足の解決策として移民の受け入れが議論されている点は、ドイツと似ています。特集の本文はかなり長いのですが、ぜひ最後まで読んでいただけるとうれしいです。ラストにほろりとさせられますよ。
 移民をテーマにした写真集といえば、ブラジル出身の世界的な写真家セバスチャン・サルガドの『Exodus』が有名ですね。世界35カ国以上で移民や難民を取材した、400ページを超える大作です。もともと2000年に出版され、長らく入手困難になっていましたが、最近復刊されました。文章は英語ですが、写真がすべてを物語ってくれます。(T.F.)

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