長い海外生活から帰った母国は、見知らぬ異郷のようだった。写真家はポケットにスマートフォンを忍ばせ、新鮮なまなざしで何気ない日常を記録した。

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スマホで切り取る普段着の米国

長い海外生活から帰った母国は、見知らぬ異郷のようだった。写真家はポケットにスマートフォンを忍ばせ、新鮮なまなざしで何気ない日常を記録した。

文・写真=デビッド・グッテンフェルダー

 フォトジャーナリストとして、私はこれまで自分の国から遠く離れた土地を飛び回ってきた。しかし、20年も外国で暮らすと、生まれ育った米国が未知の国になっていた。2014年に帰国した私はそれ以来、外国を訪れるような気持ちで、カメラを手に国内を見て回っている。ただし、使っているのは本物のカメラではなく、スマートフォンだ。

 私的な撮影用に、以前から小型のフィルム式カメラを持ち歩いていたが、2010年に初めてスマートフォンを手にしたときに、「これだ」と思った。小さくて目立たず、いつもズボンのポケットに忍ばせておけるからだ。

 当時はまだおもちゃ扱いされていて、戦争などの深刻なテーマの取材にはふさわしくないと指摘されることもあった。だが今では、写真共有サイトのインスタグラムのユーザーが4億人を超え、自分の生活を携帯電話やスマートフォンで撮ることは当たり前になった。

 本格的なカメラに比べれば反応が鈍く、画像もシャープではない。だが、完璧でなくても臨場感のある写真を撮りたいから、それで構わない。私は今、刻々と変わりゆく米国と、時を超越した米国を再発見しているところで、その両方の姿をとらえたいと考えている。

 フォトジャーナリズムといえば、別世界を見せるものと考えがちだが、実は自分自身の生活を記録するだけでも十分なのだ。何の変哲もない日常も、注目や称賛に値する。じっくり目を向けてみれば、大自然の絶景と同じぐらい魅力的であることに気づくはずだ。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2016年7月号でどうぞ。

編集者から

 まだカメラがデジタルになる前の時代、「使い捨てレンズ付きフィルム」なる商品がありました(今もありますが)。本特集を読んで、当時の若手写真家たちが、一眼レフではなく、この「使い捨て」を、こぞって愛用していたことを思い出しました。「完璧でないところがいい」なんて言葉に、おじさん・おばさん連中は眉をひそめていたものです。まさに、ちょっと前のスマホや携帯電話に対する大人たちの反応と同じ。「今の若いもんは…」というセリフは繰り返される、ということですね。
 ところでその「使い捨て」ですが、今また若者たちの間でブームなのだそう。「現像されるまでどうなっているかわからないドキドキ感がある」というコメントには素直に同意しましたが、「枚数に制限があることが魅力」には、思わず笑ってしまいました。便利な世の中になっても、ちょっとした不自由を楽しみたい。それが人間のサガなのかもしれません。(H.O.)

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