ペルー南部のマヌー国立公園。アマゾン川源流の一つ、マヌー川流域の豊かな自然を守ってきたのは交通の不便さと、狩りをして暮らす先住民の人々だ。

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自然と人間 ペルー 先住民たちの豊かな森へ

ペルー南部のマヌー国立公園。アマゾン川源流の一つ、マヌー川流域の豊かな自然を守ってきたのは交通の不便さと、狩りをして暮らす先住民の人々だ。

文=エマ・マリス/写真=チャーリー・ハミルトン・ジェームズ

 今からサルを狩りに行く。エリアス・マチパンゴ・シュベリレニはヤシ材で作った長い弓と、鋭く削った竹を先端に付けた矢を携えていた。

 ここは南米のペルー南部にあるマヌー国立公園だ。国が保護する広大な雨林は、世界の自然公園でも有数の生物多様性を誇る。だが、マチゲンガ族と呼ばれる先住民の一員であるエリアス(マヌーに暮らす人々は互いを姓ではなく名前で呼ぶ)にとって、サル狩りは違法ではない。公園内には、主にマヌー川やその支流沿いに1000人弱のマチゲンガ族が暮らすほか、いわゆる“未接触部族”もいる。彼ら先住民は、自分たちに必要な範囲で動植物を採取する権利を認められているのだ。

不便さに守られてきた豊かな自然

「1本のイチジクの木に、100匹のサルが群がるのを見たことがあります」と話すのは、米国デューク大学の生態学者ジョン・ターボーだ。「月の明るい夜など、午前2時頃に起きだしてきたサルたちが、イチジクを食べに遠出するのです」。国立公園が1973年に誕生し、程なくコチャ・カシュ生物学研究拠点が設置されると、ターボーらのチームはそこでの研究を主導してきた。米国メーン州を拠点に自然保護関連のコンサルティングを手がける生態学者のケント・レッドフォードはこう話す。「マヌー国立公園は比類のない生物多様性を体験し、研究できる、熱帯では数少ない場所なのです」

 そのマヌー国立公園への、一般的なルートはこうだ。まず、ぞっとするほど危険なアンデス山脈の悪路を車で10時間走った後、アルト・マドレ・デ・ディオス川をエンジン付きカヌーで5時間下り、ようやくマヌー川との合流点に到達する。公園の入り口まではあと一息だ。エリアスたち先住民の村々を訪ねるには、事前にペルー政府の許可を取り、マヌー川やその支流を何日もさかのぼらなくてはならない。あまりに不便な土地だからこそ、森林伐採や鉱山開発の波も及ばなかった。観光客も少なく、国立公園を訪れる人は年間数千人程度だ。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2016年6月号でどうぞ。

編集者から

 ペルーのマヌー国立公園では、先住民の人々が昔ながらのやり方で、弓矢を使って狩りをしながら自給自足の暮らしを営んでいます。そのなかに、聞き覚えのある名前が出てきました。2015年4月号「探求する人生」に登場いただいた探検家の関野吉晴さんが、40年来付き合ってきたという先住民の一家は、マチゲンガ族の人たちだったのです。そんなご縁で、今回の特集記事では関野さんに査読をお願いしました。関野さんと一家の交流については、フォトギャラリー「マチゲンガ族との交流」でご覧いただけます。
 この辺りのペルーのアマゾン川流域を舞台にした、すごい映画があるんだよ、と教えてくれたのも、そういえば関野さんでした。マヌー川流域でのゴム事業に道を開いたカルロス・フェルミン・フィッツカラルドは実在の人物なのですが(今回の記事にも出てきます)、ドイツの鬼才ヘルツォーク監督の映画『フィッツカラルド』ではこの史実を踏まえながらも、壮大なほら話のようなストーリーが展開します。観終わった後、「CGもない時代にいったいどうやってこれを撮影したのか…」と、しばし茫然としてしまいました。(H.I.)

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