インドネシアのスラウェシ島に暮らすトラジャ族の人々は、家族を失った悲しみを、遺体に寄り添って和らげる。彼らにとって死は必ずしも別れではない。

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インドネシア 亡き家族と暮らす人々

インドネシアのスラウェシ島に暮らすトラジャ族の人々は、家族を失った悲しみを、遺体に寄り添って和らげる。彼らにとって死は必ずしも別れではない。

文=アマンダ・ベネット/写真=ブライアン・リーマン

 部屋の戸口にかけられた金色のカーテンを開けて、私はエリザベス・ランテという女性と一緒に中へと入った。彼女が夫にささやく。「遠くからのお客さんですよ」。時刻はもうすぐ夜の7時。一家の次男がお盆を手に部屋に入ってきて、「さあ、パパのご飯だよ。魚も唐辛子もある」と語りかけた。

 部屋を後にしようとしたところで、エリザベスがやさしく声をかけた。「さあ起きて。晩ご飯よ」。私が振り向くと、長男が父親に告げた。「この女の人がパパの写真を撮るんだって」

 世界のどこででも見られる、温かい家族の情景のように思える。しかし、大きな違いが一つある。エリザベスの夫で、町の結婚登録所の職員だったペトルス・サンペは、2週間ほど前に死んでいるのだ。ベッドに横たわる彼の遺体は、顔のほかは赤い毛布ですっぽりと包まれていた。

家族の遺体とともに暮らす

 一家が住むのは、インドネシア・スラウェシ島の山岳地帯に位置するトラジャ地方だ。ペトルスはさらに数日、ベッドに寝かされることになる。彼の妻と子どもたちは、朝、昼、晩、それにおやつの時間にペトルスに食べ物を運び、話しかける。「父を愛し、敬っていますから」と、長男は語る。死後まもなく、ホルマリンで防腐処置が施されているため、遺体が腐敗することはなく、いずれはミイラになる。

【動画】スラウェシ島に暮らすトラジャ族の人々は、家族が死ぬと、遺体とともにしばらく暮らす。盛大な儀式をして葬った後も、数年に1度は墓を訪れ、遺体を運び出して手入れする。(解説は英語です)

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2016年4月号でどうぞ。

編集者から

 まさに、「異文化との遭遇」です。自分が当たり前だと考えていることが、ある土地に暮らす人にとっては当たり前ではない。こうした遭遇では、ときに拒否反応や嫌悪が生まれることがあります。掲載されているミイラになった遺体の写真を見て、雑誌を放り出してしまう人もいるかもしれません。日本ではまず目にしない光景ですし、エジプトのミイラと違って、つい最近亡くなった人ばかりという点も生々しい感じです。ただ、トラジャの人々の風習を取り入れることはできないにしても、彼らの心情を理解することはできるのではと思います。特にトラジャの長老が口にした、「私の娘たちは母に代わって生きていて、私は父に代わって生きているのです」という言葉は心に響きました。私たちはみんな、誰かの子であって、過去から未来へとつながる命の鎖の一部なんだという、当たり前のことを改めて思い出させてくれました。(編集S.O)

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