インドを独立へ導いたマハトマ・ガンジー。急激な経済発展と変化の渦中にある現代のインドに、その遺志は生き続けているのだろうか。

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“偉大なる魂” ガンジーの足跡を追って

インドを独立へ導いたマハトマ・ガンジー。急激な経済発展と変化の渦中にある現代のインドに、その遺志は生き続けているのだろうか。

文=トム・オニール/写真=レナ・エフェンディ

 インドの独立からわずか5カ月半後、ガンジーは暗殺者の凶弾に倒れた。初代首相だったジャワハルラール・ネルーはその数時間後、独立の父であるガンジーが照らした光は1000年にわたって輝き続けるだろう、と偉大な故人をたたえた。

 だがインドでは、ガンジーが残した影はぼんやりしている。インドのルピー紙幣には丸眼鏡を掛けた彼の肖像が印刷され、多くの都市には“マハトマ・ガンジー通り”があるし、彫像も立っている。しかし、現在のインド社会を見たとき、彼の影響が薄れているのは明らかだ。

ガンジーの理想とは正反対の現代インド

 ガンジーは自給自足の村々から成るインドを心に描いていた。カーストや宗教の違いが個人を規定する指標ではなくなり、国の指導者たちは平等と非暴力の大切さを説く―それこそ、ガンジーが望んだ国家像だった。
 では、現実はどうだろう。デリーやムンバイ、コルカタなどの都市は巨大化して無秩序を極め、増大する中流階級と上流階級は物欲に駆られている。ヒンドゥー至上主義派として知られるナレンドラ・モディが国を率い、核兵器を保有し、各地で女性への暴力が横行している。ガンジーが夢見た国家像とは正反対といえよう。

 しかし、都会の喧騒や農村の暮らしのあちこちで、私はガンジーを見つけた。彼の高潔で毅然と抵抗する精神が、腐敗やレイプ、身分差別による暴力、スラム街の撤去に対する抗議運動という形で受け継がれている。また、いくつもの成果を達成し、自信を深める女性たちの存在は、インド社会での女性の地位向上を望んだガンジーの願いを思い起こさせる。

 ガンジーはインド社会の変革に失敗したと考える人もいる。たとえば、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒との衝突や、イスラム教徒が多数を占めるパキスタンの分離独立を防げなかったためだ。
 しかし、本当にそうだろうか。ダンディ村の海辺で、私はこんな光景を目にした。イスラム教徒の家族とヒンドゥー教徒の家族が波打ち際を歩いていく。女性たちは水にぬれないようにサリーの裾を持ち上げ、頭のスカーフを後ろにずらす。その穏やかな光景は、宗教の違いを超えた、懐の深い民主主義の姿だった。これこそ、ガンジーが心に描いていた社会なのだろう。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2015年10月号でどうぞ。

編集者から

 今回、編集を始める前にリチャード・アッテンボロー監督の映画『ガンジー』のDVDを見ました。今よりもっとカーストによる身分制度の意識が強かった時代、ガンジーは修養道場(アシュラム)で自分の妻にトイレ掃除をしなさいと命じ、皆と同じように働けないのなら今すぐ出ていけとまで言ってしまいます。
 ガンジーの信念を応援してはいても、自分より身分が低い人の仕事をすることに激しい抵抗を感じる妻が、ガンジーに放った一言が忘れられません。「皆があなたのようになれるわけではない」
 実際、ガンジーほど高潔で強い信念をもった人物でなければ、これほど多くの偉業を成し遂げ、世界や後世の人々にまで影響を及ぼすことはなかったと思います。ガンジーの一生は、とても一つの特集記事で紹介しきれるものではありませんが、そのエッセンスは今回の記事にすべて凝縮されていると思います。ガンジーの光が今のインドをどのように照らしているのか、ぜひ確かめてみてください。(編集M.N)

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